道標
さて、時代と共に自分の節目も感じているわけですが、改めてここ数年間、人生を少しサボってしまった感が否めません。
20代は、他の何よりもスキーでアイデンティティーを表現し、納得の行く結果を残す事が最優先であり目標でした。
完全燃焼した後、結婚、転職、娘の誕生×二回を経て今に至るわけですが、この間スキーに代わる道標を見つけられずに悶々としていたと言うのが正直なところです。
新しい環境に慣れる事以外は、フラフラと受動的な日々を送っていたのです。
気付きのきっかけは長女の一言、『パパいま何歳?』でした。何気なく年齢を答えてハッとしたのです。もう三十路も中盤戦なのだということに!
この焦燥感はかなりのものでした。
そこでようやく、目が覚める思いをしたのです
スキーはいわば自己満足的な目標でしたが、これから据えていくのは二十代のそれとは違うテーマ的なものにしようと。
例えばアメリカンインディアンが五代先の子孫の繁栄の為に今を生きる、というような思想に通じるもの。
モヤモヤの正体をこの経済危機がはっきりさせてくれたようです。
その手のテーマって、それなりに皆さん胸に秘めていると思いますが、私は恥ずかしながらようやく見えてきたところ。
仕事、家庭、趣味などのそれぞれのフィールドからいろいろとアクション起こしていければなあと思います。
少しづつ、コツコツと。
そんな想いを子供達には、いつか言葉で伝えたいです。
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コメント
少し見えてきました。
自分もずっと考えていました。
腰痛でスキーを本気で滑る事が出来なくなり、目標というか、スキーをする意味がわからなくなりました。それからはスキー仲間との距離を感じながらもあきらめる勇気も無く、ごまかしながらスキー遊びをしていました。自分の場合は完全燃焼でなく、未練を残しつつ辞めましたが、今は、スキーを始めるきっかけとなった山スキーを教えてもらって感謝してます。お陰様でスキーを続けていく意味が少し見えてきそうです。
投稿: ささ | 2009年1月 9日 (金) 22時49分
スキーはおそらく生涯続けることでしょう、
君も私も。
何故ならば、この板遊びがきっかけでこの腐れ縁が続いているからです。
妙高の先輩がよく言う「スキーは言葉のようなもの」
今ようやく解りかけてきました。
お互い体力低下が著しいですが(笑)、
体と相談しつつ、じじいになるまで滑りましょう。
この遊びは技術だけでなく、いろいろな可能性を秘めていると思います。
山、また行きたいね。
投稿: まゆげ | 2009年1月10日 (土) 17時53分